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佐賀地方裁判所 昭和39年(行ウ)1号 判決

原告

藤浦諭

右訴訟代理人

立木豊地

右訴訟復代理人

谷川宮太郎

被告

佐賀県人事委員会

右代表者委員長

山本卓一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一、原告

被告佐賀県人事委員会が、原告に対し、昭和三九年一月三一日付でなした「佐賀県教育委員会が、昭和三六年三月三〇日付でなした、原告に対する停職二月の懲戒処分を、減給六月給料の十分の一の処分に修正する。」との裁決を取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決を求める。

二、被告

(一)  本案前の申立

原告の訴えを却下する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決を求める。

(二)  本案に対する申立

主文と同旨

の判決を求める。

第二当事者双方の主張

一、原告の請求原因

(一)  原告は、昭和三六年二月ごろ、佐賀県東松浦郡肥前町立入野小学校に教諭として勤務し、五年一組を担任していた。

(二)  原告の任命権者である訴外佐賀県教育委員会は、同年二月一日同小学校において発生した火災につき、原告に職務上の注意義務けたいがあつた、と認定して、地方公務員法二九条一項二号を適用し、同年三月三〇日付をもつて、原告を停職二月の懲戒処分に付した。そこで原告は、右不利益処分を不服として、同年五月八日被告人事委員会に対し審査請求をなしたところ、被告人事委員会は、これに対し、昭和三九年一月三一日付をもつて、請求の趣旨記載の修正裁決(以下これを本件裁決という。)をなした。

(三)  しかしながら、原告が自己の職務上の注意義務を怠つた事実はない。

(1) 入野小学校における火災

昭和三六年二月一日(以下単に月日のみを記すのはいずれも同年のことである。)午前九時三〇分ごろ、同小学校五年一組の教室から出火し、普通教室九教室外音楽教室、職員室、図書室等を焼失した(以下これを本件火災という。)。

(2) 本件火災に至るまでの状況

同小学校は、東松浦郡の上場地帯にあつて、冬期の寒気が厳しく、弁当が凍ることもしばしばあるので、児童、教師、父兄の間に、弁当ぬくめ器設置の要望があつたが、町の財政上これを設置することができなかつたところ、一年生の学級では、父兄が金を出し合つて、一月中旬ごろこれを設置した。そこで、他の学級の担任教師の間でも、余分の教卓を利用し、一年生の弁当ぬくめ器の構造をまねて、弁当ぬくめ器を自作しよう、との話し合いがなされ、校長(山崎勇市)に相談したところ、その許可があつたので、原告も、一月二〇日ごろ、自分で教卓を改造して弁当ぬくめ器を作成し、担任の五年一組の教室に備えつけた。当時の各教室での火の取り扱いとしては、六年生の週番児童が火種を運び、各教室の児童がこれを受け取り、教室に配給されていた木炭を使つて火鉢と弁当ぬくめ器の火を起すのが慣例であつた。そして、各教室には、木炭が一俵あて割当配給されていたが、これを使用してしまうと、各担任教師がP・T・Aから寄附をうけて補給しないかぎり、木炭がないことになつていた。しかるところ、原告の担任する五年一組の教室では、すでに本件火災の三日前ごろ、右割当てられた木炭を完全に使い尽し、補給されていなかつたので、炭火を起すことができない状態になつていた。それが、本件火災当日は、たまたま担任児童が週番児童にそそのかされて、勝手に家事室から木炭を持ち出して弁当ぬくめ器に火を起し、しかもその際、火鉢の台石を取り除き、多量の木炭を入れたため、本件火災となつたものである。

(3) 原告の本件火災当日の行動

本件火災当日は、入野小学校が二月五日に肥前町公民館において行う予定の学芸会の総練習を同所で実施する日であつた。ところで、原告は、その学芸会場の放送、照明の設備の事前準備を分担させられ、二週間位前からその準備をしていたが、器具の用意や取り付け、配線等相当の作業量であつたため、前日までにそれを完了できなかつた。

そこで、原告は、総練習の当日、ひどい吹雪と寒さの中を朝七時ごろから公民館に行き、朝食もとらずにその準備の作業にとりかかつたが、職員朝会の時間になつてもなおこれを続けていた状態であつたので、右朝会が開始されたころ、同僚の深川教諭を通じて校長に対し、右朝会に出席できない旨を届け出た。校長は、その事情を知つてこれを承認し、原告は、深川教諭から右校長承認の連絡を受けたので、右作業を続けた。その後、午前八時五〇分ごろ児童が入場してきたが、原告はなおマイクを調整していて、放送、照明設備の準備がすべて完了したのは、午前九時二〇分ごろであつた。そして、それと同時に総練習が開始されたが、原告は、その日の舞台の照明、マイク調整、放送の係でもあつたので、引き続きその仕事に従事していた。その間に本件火災が発生したのである。

(4) 原告の本件火災についての注意義務けたいの不存在

原告は、本件火災当日担任の教室には木炭がなかつたので、児童が火を起すとは考えていなかつた。同校では、校長が朝礼の際しばしば児童に対し勝手に木炭を使用してはならない旨注意していたし、また原告も担任児童に対し日常火気取扱いについて十分注意しており、さらに家事室の木炭は週番教師が火種以外使わせないよう管理していたから、原告担任の児童にそそのかされて家事室から勝手に木炭を持ち出し、火を起すということは、全く予測できないことであつた。したがつて、原告が本件火災当日、担任の教室には火気がないと考えてその取締りに当らなかつたことは、何ら注意義務を怠つたものではない。

また、原告は、その日担任教室の管理責任者としての義務は解除されていた。すなわち、原告は、その日、大雪という天候の急変によつて放送、照明設備の準備が遅れ、総練習開始直前までその作業に従事し、総練習開始後も引き続き放送、照明の仕事を分担させられていたのであつて、公民館から二〇〇米も離れた五年一組の教室に赴くことは、時間的にとうてい不可能な状況にあつた。そして、原告は、このような状況にあつたことを深川教諭を通じて校長に報告していたのであるから、校長は、かかる場合、他の教師に適切な指示を与え、五年一組の児童の監督、教室の管理に当らせるべきであつて、原告に対しそれを行う義務を負わせることは、不可能を強いるものである。したがつて、原告が担任教室に行かなかつたため、担任児童に対する監督、教室の管理に欠けていたとしても、それは会場準備の職務遂行上当然のことであり、原告には職務上の義務のけたいはない。

(四)  ところが、被告人事委員会は、本件裁決において、次のとおり原告の注意義務けたいを認定した。すなわち、「学芸会場であつた公民館は、入野小学校校庭に接続し、校舎から公民館に通ずるコンクリートの通路も設けられていて、事実上同校の代用講堂として使用されており、同小学校の一部ともいえる関係にあつたのであり、また、当日の気象状況から児童の登校も遅れていたのであるから、請求者は同準備を一時さしくつてか、あるいは準備完了後担任教室に行くべきであつた、と考えるのが相当であり、また、行こうと思えば行ける時間的余裕がなかつたものとはいえない。また、同準備の補助的立場にあつた深川教諭(五年三組担任)に自己の担任教室の火気等の管理について依頼することができたであろうし、さらに、公民館に入場してきた担任児童から不在中の教室の火気取り扱い等の状況をただすなどの方法により、適宜処置することができたというべく(五年一組では、以前に一、二度炭火を入れ過ぎて弁当を包んだハンカチが焦げるという事故があつているので、なおさらそうすべきであつた。)、かかる処置を請求者に求めることは、あえて不可能を強いるものとは考えられないので、上記配慮に欠けたことは、管理責任者としての善管注意義務を怠つたものといわざるを得ない。」というのである。

(五)  しかしながら、原告に職務上の注意義務のけたいがなかつたことは前述のとおりであるから、右認定は事実を誤認したものというべく、この認定に基づき原告を懲戒処分に付した本件裁決は、違法であり、取消しを免れない。

二、被告の本前の主張

本件裁決は、原処分庁である訴外佐賀県教育委員会が原告に対してなした懲戒処分につき、その理由を全面的に認容したうえ、処分の量定が過重であるとして「停職二月」を「減給六月給料の十分の一」に修正したものである。ところで、行政不服審査法によると裁決で処分を変更しうる者は、処分庁の上級官庁である審査庁に限られており(四〇条五項)、その他の審査庁にあつては、原処分の全部若しくは一部を取消すか、または請求を棄却するかのいずれかの裁決のみが許されている(同条二項、三項)のみである。この規定は地方公務員法における不利益処分の審査手続に直接適用はないが、その趣旨は当然準用されるべきである。したがつて、上級官庁でない人事委員会が、地方公務員法五〇条三項により教育委員会のなした処分を修正する場合には、加重修正ができないことはもちろん、懲戒処分を分限処分に、若しくは分限処分を懲戒処分に修正するなど実質的に原処分を取消して新たな処分をしたとみなされるごとき処分の質的変更をすることは許されないと解すべきである。本件裁決のように「停職」を「減給」に修正することができるのは、懲戒処分をするという点では原処分を維持しており、処分を質的に変更していないからである。そうだとすれば、本件裁決による修正は「審査請求の一部認容、一部棄却」すなわち「原処分の一部取消し」とみるべきである。したがつて、原処分は審査請求を棄却された部分につきなお残存するから、原告主張のように処分の違法を理由としてこれを争うには、原処分の取消しの訴えによるべきであり、裁決取消しの訴えによることは、行政事件訴訟法一〇条二項により許されない。よつて、本件訴えは、不適法として却下されるべきである。

三、被告の本案前の主張に対する原告の反駁

地方公務員法二九条に定められている懲戒処分としての停職と減給との法的差異は、量的なものではなく、質的なものであるから、本件裁決による修正は、原処分(停職二月)の一部取消しではなく、これを全部取消して新たに処分(減給六月給料の十分の一)をなしたもの、すなわち、原処分を変更したものである。したがつて、原処分はすでに消滅しているのであるから、その取消しの訴えは提起しえず、本件裁決の取消しを求めるほかない。本件訴えは、行政事件訴訟法一〇条二項の制限をうけない適法なものである。

四、請求原因に対する被告の答弁および主張

(一)  原告主張の請求原因(一)の事実は、認める。

(二)  同(二)の事実は、認める。

(三)(1)  同(三)の(1)の事実は、認める。

(2)  同(三)の(2)の事実は、五年一組の教室では炭火を起すことができない状況にあつたとの点を否認し、その余は認める。

(3)  同(三)の(3)の事実は、認める。

(4)  同(三)の(4)の事実は、否認する。原告に本件火災についての注意義務けたいがあつたことは後述のとおりである。

(四)  同(四)の事実は、認める。

(五)  同(五)の事実は、争う。

(六)  本件裁決は、適法である。

(1) 本件火災は、昭和三六年二月一日午前九時五〇分ごろ、入野小学校が肥前町公民館において学芸会総練習の実施中、同校五年一組の教室に備えつけてあつた弁当ぬくめ器の過熱により発生したものである。

(2) 原告は、本件火災当時五年一組の教室の管理責任者として、その火気取締りに当るべき職務上の義務があつた。すなわち、肥前町立小中学校管理に関する規則三条二項により、同町立小中学校に配置された教員は、校長の定めるところにより、学校設備の管理を分任するものとされており、これを受けて、入野小学校では、校務分掌によつて、各教室の管理は各担任教諭が分任するものとされていた。そして、同規則七条に基づき作成された同小学校の警備防災の計画によると、同校校地校舎等の管理責任者は、その定められた箇所につき、常に火気、戸締り、清潔整頓に注意し、その管理に当ることとされていた。

(3) 入野小学校では、学芸会総練習日の前日である一月三一日、職員による準備作業が行われ、原告は、放送、照明等の電気設備の準備を分担し、その作業を行つていた。ところが、同日は、肥前町立切木小学校において同町教員組合の代議員会が開かれるので、原告は、それに出席すべく、右作業中、校長に対し、右原告分担の準備は徹夜してでも同日中に完了しておくことを約束して、その承認をえ、出掛けていつた。しかし、原告は、右代議員会が午後五時ごろ終了した後引き続き行われた懇親会にも出席し、午後一〇時ごろ帰校したものの、夜中しかも厳寒のため、同日は残していた会場の準備ができず、その夜はこれを断念して翌日に持ち越した。そして、原告は、総練習の当日、職員朝会に参加せず、担任している五年一組の教室にも行かず、直接公民館に行つて会場の準備をしていたものである。

(4) ところで、本件火災当時、五年一組の教室では、弁当ぬくめ器が使用されており、しかも本件火災当日は稀有の寒さであつたから、その日にもこれが使用されることは当然予期すべきことであつた。かりに、同教室には数日前から木炭がなかつたとしても、週番児童はその有無にかかわらず火種を配つていたのであるから、児童が他所から木炭その他のものを持ち込んで火を起すことがありうることも予期できないことではなかつた。そして、その弁当ぬくめ器というのが、以前使用中に弁当を包んだハンカチを焦がしたことがあるという極めて不完全なものであつたし、また、当日は学芸会の総練習のため職員も児童も不在になる状況にあつたのであるから、原告としては、その日の朝、担任の教室に行き火気取扱いについて児童に適切な指示を与え、木炭の使用状況を十分に点検したうえ、当日の火気の使用を中止するか、または木炭の使用量を少くして火勢を弱めておくなどして、火災の発生を未然に防止すべき処置を講じるべき管理責任者としての職務上の注意義務があつた。そして、原告が作業をしていた公民館は、同小学校校庭に接続し、校舎からの通路も設けられていて、事実上同小学校の代用講堂として使用されていたものであるから、原告が担任教室に赴き右処置をとることは僅か数分でできることであり、公民館での準備を一時さしくればその位の時間の余裕はあつた筈である。かりに、原告が右の僅かな時間をさしくることすら準備の都合上困難であつたとすれば、原告としては、同じ放送、照明設備の準備をしていた深川教諭が児童引率のため学校に帰つているのであるから、その際同人に担任教室の火気取締り等につき適当な処置を依頼すべきであつた。

(5) しかるに、原告は、漫然と公民館での作業を続け、担任教室の管理につき右注意義務を尽さなかつた。そして、その結果本件火災が発生した。

よつて、原告が地方公務員法二九条一項二号に該当することは明らかであり、これに対し、本件裁決が懲戒処分をしたことは、適法である。

(七)  本件裁決は、相当である。

佐賀県教育委員会は、本件火災の責任者として、原告のほかに、山崎勇市(同校校長)に同し減給六月給料の十分の一、井上武(同校教頭)に対し戒告、大浦金恵(同校教諭、本件火災当日の警備係)に対し停職二月の各懲戒処分をなしているのであつて、これらの者に対する処分との公平を確保する意味からも、本件裁決が、原告を懲戒処分に付することとしたのは、当然であり、かつ、その量定は、相当である。

五、被告の主張に対する原告の答弁

被告主張の右四の(七)の事実のうち、原告ほか三名が懲戒処分をうけていることは、認める。

第三、証拠(省略)

理由

第一、本案前の申立についての判断

被告は、本件訴えが行政事件訴訟法一〇条二項により許されない不適法なものである、と主張するので、この点を判断する。

行政事件訴訟法一〇条二項は、原処分の違法は原処分の取消しの訴えにおいてのみ主張することができるとする、いわゆる原処分中心主義を採つているが、これは原処分の現存を前提とする。そこで、問題は、本件裁決により原処分が消滅しているかどうか、いいかえると「減給六月給料の十分の一」の修正処分が「停職二月」の原処分の残存部分であるのか、あるいは「停職二月」の原処分を全部取消したうえでなされた裁決による新たな処分であるのか、ということである。ところで、停職と減給とは、いずれも懲戒処分としてなされる処分であるが、停職とは、職員にその身分を保持させたまま職務に従事させない処分であり、減給とは、職員を職務に従事させながら一定期間一定額の給料を減ずる処分であつて、懲戒処分としての種類ないし内容を異にしている。両者の差は質的なものであるから、減給が停職より懲戒処分としては軽い処分であるとはいえ、それに含まれているとみることはできない。したがつて、本件裁決の実質は、停職の原処分の一部を取消したものとみるべきではなく、その全部を取消したうえ、新たに減給の処分をなしたものとみるべきである。そうだとすれば、本件訴えは、行政事件訴訟法一〇条二項の制限をうけないから、適法なものというべく、被告の本案前の申立は、理由がない。

第二、本案についての判断

一、原告主張の請求原因事実中(一)、(二)、(三)の(1)、(四)の事実は、当事者間に争いがない。

二、(証拠)を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  本件火災当時、入野小学校では、施設の管理について校務分掌が定められ、各教室の火気、戸締、清潔整頓の管理は、各担任教諭が分担するものとされていたので、原告は、五年一組の担任教諭として同組の教室の右管理の責任者であつた。

(二)  同小学校では、冬の期間、暖房設備として各教室に火鉢が置かれていたが、寒気が厳しく、弁当が凍ることもしばしばであつたので、児童、教師、父兄の間に、弁当ぬくめ器設置の要望があつたが、町費による実現が困難であつたところ、昭和三六年一月初旬ごろ、同校一年生の学級では、P・T・Aの負担で業者に弁当ぬくめ器を作らせて教室に備えつけた。そこで、他の学級の教師の間でも、学校にあつた余分の教卓を利用し、一年生のものをまねた簡単な弁当ぬくめ器を作成しよう、という話し合いがなされ、校長の許可があつたので、原告も、一月二〇日ごろ、倉庫から余分の教卓を持出し、その内側を改造し、上部に弁当箱を乗せる棚を取り付け、下部にレンガ石を敷き、その上に土砂と灰を入れた火鉢代わりの古バケツを置いた弁当ぬくめ器を自作し、担任の五年一組の教室に設置した。

当時、同校では、気温が摂氏五度以下の日に、各教室の火鉢に炭火を入れ、弁当ぬくめ器のある教室(七教室)では、それにも炭火を入れていた。各教室には、学校から木炭一俵宛が割当配給されていたが、これを使用してしまうと、各学級で担任教諭がP・T・Aから寄附を受けて購入する等しない限り、学校からは補給されないことになつていた。

五年一組では、火気の取扱いについて児童の当番を決め、当番の児童が六年生の週番児童により配られる火種を受けとつて、火鉢と弁当ぬくめ器に炭火を起していた。ところで、同組では、弁当ぬくめ器を使い始めてから二度ほど児童が炭火を入れ過ぎたため弁当の風呂敷を焦がしたことがあり、原告は、その都度、児童に対し、弁当ぬくめ器使用についての注意を与えていた。そして、一月二八日ごろ、同組では、割当の木炭を使い尽しており、教室に木炭はなかつたが、児童が火種で炭俵の萱を燃やし、通りかかつた石田アキヨ教諭(五年二組担任)に注意を受けたことがあつた。同教諭は、そのことを原告に報告した。その後、本件火災当日まで同教室には木炭が補給されなかつたので、原告が職員室から木炭を持つて来て弁当ぬくめ器に炭火を入れたことが一度あつた(乙第八号証記載の大浦正利の証言中、原告が職員室から木炭を持つてきて弁当をぬくめたことはない旨の供述記載部分は措信しない。)以外、炭火を起したことはなかつた。

(三)  同小学校は、二月五日の学芸会を控えて、同月一日その総練習を行う予定であつた。その会場は、同校校庭に隣接し、校舎から直接の通路があつて、常に講堂代わりに使われていた肥前町公民館であつた。そこで、同校では、その前日の一月三一日の午後、総練習の準備のため職員による作業が行われ、原告は、深川滉教諭を補助者として、会場の放送、照明設備の準備を分担して、その作業に従事していたが、丁度その日は、肥前町切木小学校で、同町教職員組合の代議員会が開かれることになつていたので、右作業中、校長に対し、右準備はあとで責任をもつて完了しておくことを約束して、右会合に出掛けた。そして、原告は、その日の夜、学校に帰り、公民館で残していた準備をしようとしたが、寒さが厳しいので翌朝することとして、その夜は同校の宿直室に宿泊した。

(四)  その習日、すなわち総練習の日、原告は、朝七時ごろ公民館に行き、練習開始までに間に合わすべく、放送、照明設備の準備にとりかかり、その後応援に来た深川教諭とともに作業を続けたが、きびしい寒さのため思うように捗らず、午前八時二〇分ごろ職員朝会のベルが鳴つてもなお準備が完了しなかつた。そこで、深川教諭が学校に行き、校長に対して、両名が会場の準備中のため右職員朝会に出席できないことを届け出で、その了解を得て、再び公民館に引き返し、その旨を原告に告げた。そして、深川教諭は、しばらく作業をしたのち、自分の担任する五年三組児童を引率するため学校に帰つたが、原告は、その後も作業を続けていた。

(五)  一方、同校のその朝の職員朝会では、寒さがきびしいので総練習を予定どおり決行するかどうかが話題となつたが、結局実施することとし、その日の各教室の炭火の使用については、火鉢には火を入れず、弁当ぬくめ器のみを使用することを決めた。

そして、その朝、五年一組にも、六年生の週番児童により火種が配られて来たが、前記のとおり、同教室には木炭がなかつたので、日直の児童が、右週番に対し、炭がない、といつたところ、家事室から取つてくればよい、と教えられた。そこで、同組の児童三名が、家事室に行き、勝手に木炭を持ち出して来て、教室で炭火を起し、いつもは木炭二本のところを、この日は三本を弁当ぬくめ器のバケツに入れた。その際、児童の一人が、バケツが傾くからといつて敷石を取り除いた。

その後、午前八時四〇分ごろから、同校各学級では、担任教諭に引率され公民館へ出掛け始めたが、五年一組では、担任の原告が来ないため、児童はなお教室で待機していたところ、同教室を覗いた石田教諭に引率されて教室を出た。その際、日直の児童は弁当ぬくめ器にさらに木炭一本を継足した。

(六)  原告は、公民館で放送設備の準備を続けていたが、練習開始が予定されていた午前九時ごろ、全校児童が入場を終えても、なおマイクの調整ができておらず、一切の準備が完了したのは午前九時二〇分ごろであつた。そして、そのころ総練習が開始されたので、当日の放送、照明の仕事も担当することになつていた原告は、引き続きそれに従事していた。(乙第八号証記載の山崎勇市の証言中、原告の準備完了後練習開始までの間には原告が教室に行こうと思えばいけるくらいの時間があつた旨の供述記載部分は措信しない。)

(七)  当日、同校々内には、大浦金恵教諭が警備係として居残つていたが、五年一組の教室にはだれもいなかつたところ、午前一〇時前ごろ同教室の弁当ぬくめ器の過熱により火を発して火災となり、午前一〇時過ぎごろ発見されたが、同校の防火警備が十分でなく、また水道が凍つて水が出なかつたこともあつて消火作業が捗らず、同校々舎のうち普通教室九室、特別教室四室(職員室、図書室、音楽室、資料室)のほか、便所、倉庫、渡り廊下などを焼失した。

以上の事実を認めることができ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

三、そこで、以上の事実関係を基礎として、原告に職務上の注意義務のけたいが有つたかどうかを判断することとする。

(一)  原告は、五年一組の担任教諭として、同組児童の監督および同組教室の火気取締りにあたるべき職務上の義務があつたが、本件火災当日は、午前七時ごろから公民館において放送、照明設備の準備をしていたため、本件火災が発生するまで、担任児童が弁当ぬくめ器に火を入れていたことを知らなかつたし、また同教室に行くこともしなかつた。

(二)  原告は、本件火災当日、五年一組の教室には木炭がなく火を起すことができない状態にあつたので、担任児童が弁当ぬくめ器に火を入れることを予期できなかつた、と主張する。なるほど、同教室には本件火災の三日前ごろから木炭がなかつたが、以前担任児童が炭がなくて炭俵の萱を焚いたことがあつたこと、原告自らも職員室から木炭を持つてきて弁当ぬくめ器に火を起したことがあつたこと、温度が摂氏五度以下の日には週番児童が各教室の木炭の有無にかかわらず火種を配つていたこと、当日は特に寒さがきびしかつたこと、などその当時の事情からすれば、児童が、担任教諭不在中に、他から木炭その他のものを調達してきて教室に火を起すことがあるかもしれないことは予期できないことではなかつた。そして、原告主張のように、児童が日頃校長または原告から木炭の使用につき注意を与えられていたとしても、そのことは右判断を左右するに足りることではない。したがつて、原告としては、本件火災当日も担任教室において弁当ぬくめ器が使用されるかも知れないことを予期できたところ、その弁当ぬくめ器が教卓を改造して作製された簡単なもので、以前に二度ほど弁当の風呂敷を焦がしたことのある使用上必ずしも安全といえないものであり、当日は総練習のため全員が教室を留守にするのであるから、教室の管理責任者として木炭の使用について児童を監督し、火気の点検、調整をする等して、いやしくも火災を発生させることのないよう注意すべき職務上の注意義務があつたといわなければならない。

(三)  次に、原告は、当日は公民館における放送、照明設備の準備で忙しかつたから、担任教室に赴くことができない状況にあり、担任教室管理の責任はなかつた、と主張するので、この点を検討する。

原告が放送、照明設備の準備を前日中に完了しておくべきであつたかどうかはさておき、当日は朝七時ごろから公民館においてその準備の作業に従事していたのであるから、その面では職務を遂行していたということができる。しかしながら、右職務に従事していたからといつて、直ちに、当日の原告の児童に対する監督ないし担任教室の管理の義務がなかつたということはできない。すなわち、会場である公民館は、入野小学校校庭に接続し、校舎から直接通じる通路も設けられ、同校の代用講堂として使用されていた、いわば同校の校内ともいえる場所にあつたから、そこにいた原告は、学校が始まれば、担任教諭ないし教室の管理責任者としてその児童の監督、教室の管理にあたるべき義務があつたとみるべきである。深川教諭から校長に対し、原告が会場準備中で職員朝会に出席できない旨届け出で、校長がこれを了承しているが、それによつて原告の右義務が免除されたとまではみることができない。したがつて、原告は、一方で公民館で設備の準備をしていたにせよ、なお、担任教諭ないし教室管理責任者としての注意義務を尽すべきであつた。検証の結果によると、公民館と五年一組の教室との距離は約百七、八十米で歩いて二分とかからないことが認められるから、原告が右準備をさしくつて同教室に赴くことができなかつたとはいえない。また、公民館で共に作業をしていた深川教諭(五年三組担任)が児童引率のため学校に戻つているのであるから、同人に対し担任児童の監督、教室の火気取扱の代行を依頼することができたし、さらにその後でも会場に来た担任児童から教室の炭火の使用状況をただして指示を与えることもできたのである。

(四)  したがつて、原告は、当日会場の準備作業に従事していたとしても、なお担任教室の管理責任者として、火気取扱いについて児童を監督し、あるいは自ら火気の点検、調節をし、火災の危険を未然に防止すべき注意義務を負つていたものというべきである。しかるに、原告は、漫然と公民館における作業を続け、右注意義務を尽さなかつた。原告が右注意義務を果していれば、本件火災は事前に防止しえたものであり、本件火災は、原告の右注意義務けたいに帰因するというべきである。

もつとも、原告が会場準備のため職員朝会に出席していないことを知つていた校長が、校務を総括する者として、原告担任学級につき他の教諭にその代行をさせるなどの措置をとるか、原告が会場から学校に戻つていないことを知つていた深川教諭、または原告担任児童を引率した石田教諭が、原告に代わつて同教室の火気を点検するか、あるいは、当日警備係として学校に残つていた大浦教諭が、校内を巡視し各教室の火気取締を十分するか、そのいずれかがなされておれば、あるいは本件火災に至らなかつたかも知れないが、それらは右原告の注意義務けたいの認定を左右するに足りる事由とは認められない。

四、してみると、本件につき、原告に対し職務上の注意義務けたいを認めた本件裁決は、正当であり、原告主張のような違法はないというべきである。

五、進んで、本件裁決による懲戒処分が相当であるかどうかを判断するに、原告の注意義務けたいにより招いた結果は重大であるが、原告が朝七時ごろからきびしい寒さの中で放送、照明設備の準備に従事していたこと、前記のように校長ほか他の教諭らにも本件火災防止のための配慮に欠けるところがあつたこと、本件火災の発端となつた家事室の木炭についてその管理が十分でなかつたこと、本件火災の結果が大きいのは学校における防火施設が不備であつたうえ、当日は水道も凍つていて消火作業がはかどらなかつたことにも原因があること、など諸般の事情を考慮すると、原告に対し厳重な処分をなすことは酷であるとも考えられるところ、本件裁決は、停職二月の原処分を過重であるとして、減給六月給料の十分の一に修正しているのであり、当事者間に争いのない被告主張の他の教諭が本件火災につき受けている懲戒処分と比較しても、右修正の処分が相当性を欠くものとは認められない。

六、以上の次第であるから、結局、本件裁決は、適法かつ相当であつて、これを取消すべき理由はない。よつて、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。(内田八朔 田中昌弘 野間洋之助)

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